GX研究から新しい未来をつなぐ02
教授 石井 一英

2026-04-06
  • 研究者インタビュー

「捨てる」 を 「片付ける」 へ。
窒素循環から考える社会システム

グリーントランスフォーメーション (GX) とは、地上資源を賢くやりくりする社会全体の知恵の再構築。石井一英教授は物質循環の技術開発を超え、コミュニティの在り方までを見据えています。
義務感ではなく、「してみませんか」という提案から始まる循環。私たち一人ひとりの「片付け」から始まるGXの可能性を探ります。

北海道大学 大学院工学研究院 環境工学部門
環境工学分野 循環共生システム研究室
教授 石井 一英

GXの重要な視点としての窒素循環

 現在、GXは太陽光や風力といった再生可能エネルギーへの転換を図り、二酸化炭素の排出量削減の取り組みに焦点があてられています。しかし、窒素などの物質の循環を健全にすることも必要と石井教授は考えています。
 地球で人類が安全に生存し続けられる限界を示すプラネタリー・バウンダリーという概念において、窒素やリンの循環は、気候変動以上に深刻な危機的状況にあるといわれています。現代の農業や工業といった人為的な活動は、自然界の許容量を超える硝酸、亜硝酸、アンモニアなどの反応性窒素を生み出しています。 例えば、過剰な肥料や排水に含まれる窒素は、海洋や土壌へと流れ込み、水域の富栄養化や深刻な地下水汚染を引き起こす要因となっています。また、窒素化合物である一酸化二窒素は、温室効果を持つだけでなく、オゾン層を破壊する物質でもあります。さらに、植物の成長を促すための窒素肥料を空気中の窒素ガスから人工的に合成するプロセスでは、多くの化石燃料が消費され、大量の二酸化炭素が排出されています。
 したがって、窒素循環を適正に管理し、自然界のバランスを取り戻すことは、環境汚染の防止だけでなく、脱炭素化にも直結する極めて重要な取り組みです。石井教授は、「GXとは単なるエネルギー源の置き換えではなく、地上にある資源をいかに賢くやりくりするかという、社会全体の知恵の再構築を意味します。サス テナブルな社会を目指すなら、窒素循環が最も重要な課題になるはず」といいます。

不法投棄の現場から学んだ 循環の必要性

 石井教授がこの物質循環という課題に取り組むようになったきっかけは、廃棄物処理の現場にありました。北海道大学工学部衛生工学科に入学して以来、廃棄物問題と向き合ってきました。社会人として最初に従事したのも、福島県いわき市の大規模な産業廃棄物不法投棄の処理でした。現場には5万5,000本ものドラム缶が放置されていました。その後も香川県の豊島や青森・岩手県境の現場などへ足を運び、汚染された地下水の解析や、山積みになった廃棄物を撤去し環境を修復する実務と研究に駆け回りました。
 「私は小さい頃から後片付けが好きだったんです」と、教授は振り返りますが、現場での経験は、単なる後片付けでは済まない現実がありました。どれだけ下流で汚れたものをきれいに処理しても、上流からごみが流れ続けてくる 限り、問題は永遠に解決しないのです。環境を守るためには、モノを作る人、売る人、使う人が関わる社会の上流へと遡り、そもそもモノが捨てられずに社会の中で回り続ける仕組みを作らなければならないと考えるようになりました。こうして研究の重点は、廃棄物を処理する段階から、物質を循環させる研究へとシフトしていきました。
 北海道においては、特有の課題がありました。産業廃棄物の約半分、年間約2,000万トンを家畜の糞尿が占めているのです。かつては、もみ殻や枯草を混ぜて発酵させ、堆肥として農地に戻す循環が行われていました。しかし、飼育頭数の増加に伴って、これまでの処理方法では追いつかず、悪臭や水質汚染の原因となっていたのです。あふれ出しているこれらの糞尿を、貴重な資源として再び循環の輪に戻すことはできないか、と石井教授は考えました。

家畜糞尿から生まれる緑の資源

 北海道の産業廃棄物である家畜糞尿はバイオガス発電に利用され始めていますが、その残渣である消化液には、窒素やリンがまだ多く残っており、そのまま廃棄するわけにはいきません。そこで、消化液の窒素やリンを利用して、微細藻類(植物プランクトン)を育てるというシステムを発案しました。
 このシステムは、消化液と藻類の培養液を特殊な膜で仕切り、藻類が栄養を吸収する速度と、膜を通じて栄養が自然に移動してくる速度が 一致するように設計されています。消化液のままでは濃すぎて、光合成ができないのですが、このシステムでは、微細藻類の培養が可能になりました。ポンプなどの動力を使って強制的に栄養を抽出しないため、外部からのエネルギーをほとんど使うこともありません。
 そして、育てられた微細藻類は、魚の成長に不可欠なDHAなどの成分を豊富に含み、養殖魚の飼料として高い価値を持ちます。これまでは環境汚染の原因となっていた消化液の窒素を、海の資源を育てる緑の飼料、微細藻類へと生まれ変わらせるのです。
 そうすることで、酪農家は廃棄物処理の負担と環境負荷を低減でき、漁業者は輸入に頼っていた飼料を地域で確保できます。地域の未利用資源を最大限に活用するこの試みは、まさに北海道の地域特性を生かしたGXの具体的なモデルケースといえます。

循環型社会への移行を阻む3つの課題

 私たちが循環型社会へ移行するには、いくつかの大きな課題があると石井教授はいいます。第1に、経済的なコストの課題です。例えば、微細藻類の生産コストの約4割は、水中に分散している微小な藻類を回収し、乾燥粉末化する工程が占めています。エネルギーを使わずに育てても、回収にエネルギーがかかっては 意味がありません。この課題に対し、教授は藻類同士を自然に凝集沈殿させるオートフロックレーションという技術の研究を進めていますが、実用化には数ヘクタール規模の広大な敷地と先行投資が必要となります。このように、新しいシステムの普及にはコストが大きなハードルとなります。
 第2の課題は、現在の経済システムです。資本主義社会の日本では、企業が製品を作り、消費者に売って所有させる売り切りモデルが主流です。一度個人の手に渡り所有されたモノは、使用後に他のごみと混ぜ合わされて排出されるため、プラスチックも金属も生ごみも混在し、再び純粋な資源として取り出すことが 極めて困難になります。
 循環型社会を実現するためには、サブスクリプション(定額利用)やシェアリングが有効です。所有の概念を捨てて、機能だけをサービスとして提供する形になれば、製品の所有権はメーカーにあり、使い終わった製品は必ずメーカーへ戻り、不純物の混ざらない状態で効率的に再資源化できると石井教授は考えています。
 そして第3に、人々の意識の課題です。モノを捨てるということは、それを自分の目の前から消す行為で、そこから対象への無関心が生まれます。この無関心が他人に責任を押し付けることになり、資源の分別や循環への参加意識を希薄にさせてしまうのです。

未来の「片付け」が創る、 資源を掘り出さない社会

 石井教授が思い描く未来社会は、「廃棄物」や「ごみ」という言葉が死語になった世界です。「昔の人はモノを捨てていたなんて信じられない、と未来の人に驚かれるような社会にしたい。それが私の研究の究極のモチベーションです」。その世界では、地下から資源を掘り出し続ける時代は終わり、今すでに地上にある資源や、太陽の恵みによって毎年生産される範囲内で、賢く資源をやりくりしながら人々が暮らしているはずです。
 捨てるということは無関心にもつながる行為ですが、片付けるとは次に使う誰かのために場所を整えるという利他的な行為です。今、私たちが使っている資源は、みんなのものです。だから、次の人が使いやすいように分別して片付ける必要があるのです。そして、研究者は、現場の地域特性に応じた解決策を提案する臨床的なアプローチを行うべきです。GXは行政からのトップダウンではなく、担い手不足といったまちの課題を解決していくプロセスそのものでなければなりません。「すべき」という義務感ではなく、「してみませんか」という提案を行い、楽しみながら継続していく活動の中にこそ、持続可能な未来があるはずと教授はいいます。