GX研究から新しい未来をつなぐ03
教授 田部 豊

2026-04-09
  • 研究者インタビュー

ありたい未来の視点で挑む、
エネルギーシステムの再構築

今の延長線上に未来を描くのではなく、ありたい未来から逆算して今すべきことを決める。
グリーントランスフォーメーション(GX)という難題に対し、田部豊教授はバックキャスティングの手法で挑み続けます。揺るぎない目的志向が導き出す持続可能な社会と使う側である私たちの意識の変化の必要性を考えます。

北海道大学 大学院工学研究院 機械・宇宙航空工学部門
熱流体システム分野 エネルギー変換システム研究室
教授 田部 豊

GXという高い山を越えるための視点の転換

 2050年までにカーボンニュートラルを実現するという目標は、多くの人々が賛同する一方で、二酸化炭素排出量の推移を時間軸で捉えたとき、既存の技術の延長線上で高効率化や省エネルギーを積み重ねていくだけでは、この極めて高い目標には届かないというのが現実です。
 北海道大学のエネルギー変換システム研究室では、田部教授が2004年に着任し、環境問題とエネルギー問題、特に二酸化炭素排出量の大幅な削減を目指して、目的志向での研究を続けています。できることから着手するのではなく、問題意識を持ってすべきことを成し遂げるという強い意志が共有されています。
 カーボンニュートラルという目標を達成するには、従来の積み上げの先に描かれる予測曲線を越え、単なる技術改良にとどまらない抜本的な視点の転換が求められます。エネルギーを供給する側がどのように炭素を減らすかという議論だけではなく、社会全体でエネルギーをどのように使い、どのようなシステムを構築すべきかという、より高度なデザインが必要とされているのです。

エネルギー研究で社会基盤への貢献を目指して

 田部教授がエネルギー研究の道を選んだのは、大学生になる頃だったといいます。
 当時はまだGXという言葉こそ一般的ではありませんでしたが、エネルギーが社会において極めて重要な要素であるという直感がありました。エネルギー、食料、医療の3つは、人間社会が存続するための不可欠な基盤です。その中で「二酸化炭素排出削減と持続可能なエネルギーシステムの構築に貢献したいと強く思いました」と田部教授は振り返ります。
 田部教授が研究を進める上での根本的な姿勢は、常に目的を最優先することにあります。社会貢献のためのアプローチとしての研究は手段であり、大学教員であることさえも手段に過ぎないのかもしれないともいいます。そして、まず解決すべき社会課題を据え、そこから逆算して必要な手段や技術を導き出すスタイルを貫いてきました。
 「私は不器用なので、一度決めたら簡単には変えられないんです。でも、目的さえ変わらなければ、そこに至るアプローチは環境の変化に合わせて柔軟に変えていかなければならないと考えています」
 この思いが、機械工学という枠組みを超え、経済学や社会学の領域にまで踏み込む現在の研究スタイルを形作っています。

ナノスケールの現象と北海道全域のマクロなシステムをつなぐ

 田部教授の研究の独自性は、エネルギー分野において、目に見えない極微細なナノスケールの現象解明から、北海道全域を俯瞰するマクロなシステム解析まで、極めて広いスケールを横断している点です。
 技術的な主軸の1つは、水素と酸素を反応させて電力を取り出す、次世代エネルギーの要となる固体高分子形燃料電池の高度化です。その内部における酸素の供給と生成される水の排出という、相反する物質移動をいかにスムーズに行うかが最大の課題となります。
 田部教授は、燃料電池内部にある厚さわずか0.2ミリメートルの拡散層という部材の内部構造を、3Dプリンターを用いて300倍のスケールの拡大模型で再現しました。この模型に実際に液体を流すことで、マイクロスケールの現象を可視化することが可能になります。
 田部教授は、模型を用いた実験からコンピューターシミュレーションの正しさを実証しました。こうした地道な実験からマイクロ・ナノスケールの輸送現象が解明され、将来的な燃料電池の性能向上と低コスト化、ひいては二酸化炭素排出削減の技術的基盤となります。
 一方で、個別の技術開発だけでは社会は変わらないという思いから、エネルギーシステム全体の解析にも取り組んでいます。北海道全域をモデルとしたシミュレーション解析では、2050年までに排出量を大幅に削減しようとした場合、産業部門や運輸部門での削減が極めて困難であることや、再生可能エネルギーの導入を最大化すると膨大な余剰電力が発生し、それがコスト増を招くといった具体的な課題を明らかにしています。
 そこで田部教授が提案するのは、車両とあらゆるモノをつなぐV2X (Vehicle to Everything)技術などを活用することです。これは、余剰電力を水素への変換や熱利用、あるいは電気自動車のバッテリーを通じた相互供給へとつなげることで、エネルギーを無駄なく循環させるシステムです。
 個々のデバイス研究と、それらをどう組み合わせるかというシステム解析の両方を結びつけて研究することにこそ、意義があります。田部教授はこの言葉どおり、機械工学の専門家でありながら、エネルギー経済学や合意形成の分野も取り入れ、文理融合の視点から技術と社会をつなぐ、ありたい未来の姿を探し続けています。

社会システムの見直しと自分事化

 研究を進める中で見えてきたのは、技術的な困難以上に根深い、社会構造や人々の意識という壁です。田部教授は、現在のGXを巡る議論の多くが、どこか他人事になっている現状に危機感を抱いています。2050年という遠い未来の目標に対して、政策決定者や企業の担当者が、自分自身の責任として痛みを伴う決断をしている例は決して多くありません。
 また、コストの問題も避けては通れません。これまで二酸化炭素を排出することは、いわば廃棄物を勝手に捨てているようなものであり、コストがかからなかっただけです。それを抑制しようとすれば当然コストが発生しますが、重要なのはそのコストをいかに国内で循環させ、経済のプラスに転じるかという視点だと、「産業連関表」を用いて田部教授は分析します。 総務省が発表している「産業連関表」はある期間内に、国内のどの産業が、どこから何を買い、どこへ何を売ったかを示すものです。
 田部教授の分析から、最先端機器への投資を国内で循環させる仕組みを構築できれば、見かけ上のコストが高くても、必ずしも経済全体に悪影響を及ぼすわけではないことが分かってきています。
 しかし、現実には全体ではなく特定の部分や個人に焦点を当てて最適化を図っているケースが少なくありません。見たくない現実から目を背け、自分たちが見たいと欲する現実だけを見ようとする姿勢が、GXの実現を最も阻んでいるのかもしれません。
 二酸化炭素は目に見えず、臭いもしない。だからこそ、その存在を可視化し、自分たちの行動の結果として認識できるような仕組みが必要です。例えば、二酸化炭素の排出を可視化し、子供たちが楽しみながら未来の生活を考えるアプリケーションがあれば、環境を考える習慣を身につけられると田部教授は考えています。

みんなで考える、活エネ・楽エネで楽しむ未来

 田部教授が描く理想の未来社会は、人々が環境のために何かを我慢して暮らす社会ではありません。むしろ、エネルギーの在り方が変わることを楽しむような社会です。教授はこれを活エネ(かつえね)、楽エネ (たのえね)という言葉で表現しています。それは、電気が少ないときには節電するのではなく、電気を使わない別の楽しみを見つける。例えば、航続距離が短い電気自動車の旅であっても、スマートフォンの予約システムを駆使して、かつての宿場町で馬を乗り継いだように旅を楽しむ自然のリズムと調和した暮らしです。
 「理想の未来社会がどのようなものか、それは研究者が勝手に決めることではなく、市民の皆さんとともに決めることです。私たちは市民の思いを汲み取り、技術とシステムの両面から、それを実現可能にしていかなければなりません」
 田部教授は今日も、研究室の学生たちと、マイクロ・ナノスケールの現象を追い、同時に北海道全体のエネルギーの流れを計算し続けています。GXという言葉が過去のものとなり、エネルギーを活用し、楽しむことが当たり前になった未来において、教授の蒔いた種は大きな実を結んでいるはずです。