GX研究から新しい未来をつなぐ04
教授 野呂 真一郎

2026-04-13
  • 研究者インタビュー

分子レベルの精密設計で
環境課題に挑む

1グラムでサッカーコート1面分の表面積を持つ驚異の新材料MOF(金属有機構造体)。
野呂真一郎教授はナノサイズの孔を自在に設計し、二酸化炭素回収や水質汚染改善、フードロス削減まで幅広い環境課題に挑んでいます。
誰も見たことのない材料を作りたいという純粋な探究心から始まった研究は、グリーントランスフォメーション(GX)の切り札になるかもしれません。

北海道大学 大学院地球環境科学研究院
統合環境科学部門 環境適応科学分野
教授 野呂 真一郎

複雑化する環境汚染と、解決の鍵となる新材料への期待

 世界中で、化石燃料中心からクリーンエネルギー中心の社会への転換を目指し、様々な取り組みが始まっています。
 地球温暖化や環境汚染に関係する課題は二酸化炭素だけではありません。現在、 二酸化炭素に対する技術開発はある程度進んでいますが、大気中には、二酸化炭素よりもはるかに強力な温室効果を持つメタンや一酸化二窒素が存在します。
 また、水中には微量であっても環境中に残留しやすい汚染物質が存在します。工場排水などに含まれる毒性を持った重金属イオンや、健康への影響が懸念されている有機フッ素化合物(PFAS)などです。
 さらに、世界的な食料不足が心配される中で、廃棄物処理も環境に負荷がかかっています。生産現場や流通過程では、収穫されたにもかかわらず消費されずに廃棄される農作物が存在し、その量は食品ロス全体の約3割にも及ぶといわれています。
 このように、私たちが直面している課題は多岐にわたります。これらを解決するために、特定の物質だけを選択的に捉えたり、あるいは必要な時に必要な量だけ物質を放出したりといった、高度な機能を持つ新しい材料の開発によって解決の糸口を見出そうとしているのが、野呂教授です。

「新しい物質」への探究心と、環境科学との出会い

 野呂教授は学部生の頃から、新しいモノ(物質)を作るところに興味があり、それをかなえられる研究室を選んだと振り返ります。そこで指導を受けたのが、2025年にノーベル化学賞を受賞した北川進教授でした。野呂教授は北川教授のもとで、MOFと呼ばれる新しい材料に出会いました。誰も見たことのない構造を作り、その基礎的な特性を明らかにする研究に純粋に心魅かれました。
 その後、2017年に北海道大学の環境科学院で独立した研究室を構えることになります。これが大きな転換点となりました。それまでは基礎研究を主としてきましたが、環境科学という分野に身を置くことで、せっかく新しいモノを作っているのだから、最終的にはどこかで使ってもらいたいという思いが強くなったといいます。
 単に新しい物質を作るだけでなく、それがどのように社会の役に立つのかを見据えた野呂教授独自のGX研究が本格的にスタートしました。

新材料MOFの無限の可能性

 野呂教授が研究の核に据えているMOFは、金属イオンと有機分子を溶液中で混ぜ合わせることで、ナノメートルサイズの小さな孔が無数に開いたジャングルジムのような構造を自律的に形成する物質です。身近な例では、水分などを吸着させるゼオライトや活性炭といった多孔性物質が広く普及していますが、それらと 比較して、MOFは構成する金属や有機分子の種類を変えることで、孔の形や大きさを自由自在に設計できるという独自の強みを持っています。
 さらに、MOFの大きな特徴として圧倒的な表面積が挙げられます。わずか1グラムのMOFに含まれる孔の表面積をすべて広げると、サッカーコート1面分に相当する7,000平方メートル以上に達することもあります。この広大な表面積と設計の自由度の高さが、多様な機能を実現する基盤となっています。
 この材料を用いた具体的な研究成果の1つが、二酸化炭素の回収技術です。工場や発電所などの排ガスから二酸化炭素を回収する際、これまでは湿気 (水分子) が材料の性能を低下させることが大きな課題でした。野呂教授は、湿気の多い環境下でも水分子に邪魔されることなく、効率的に二酸化炭素だけを分離できる材料を開発しました。さらに、同様に温室効果ガスとして問題視されている一酸化二窒素やメタンについても、効率的に回収するための研究を進めています。
 また、水中の過塩素酸や硝酸アニオンを効率的に分離する方法の開発も進めています。これらは、安全な水資源を確保する上で極めて重要な技術です。
 さらに、野呂教授の研究は物質を「取る」技術だけでなく、「出す」技術にも及んでいます。農作物の鮮度保持や熟成促進に効果があるエチレンなどのガスを多孔性物質内部に取り込み、必要な時にだけ放出するガス徐放材料を開発しました。これにより、熟成度をピンポイントで制御し、農作物の廃棄量削減につなげることが可能となります。
 ほかにも、光を当てた時だけ内部の分子を放出する機能や、水中の硝酸アニオンをアンモニアへと光触媒的に変換する高度な反応系の構築にも取り組んでいます。
 これらの研究過程において、野呂教授は予期しない結果を大切にしています。実験で目的の特性が出なかったとしても、そこには未知の面白い特性が眠っていることがあるからです。そうした偶然の発見、すなわちセレンディピティを見逃さないことが、将来的に優れた機能を持つ物質を作る鍵になると考えています。そのため、学生が予想外の結果を持ってきた時こそ、慎重に検証するようアドバイスしています。

社会システムの中でMOFの価値の最大化を目指して

 MOFは優れた機能を発揮する一方で、原料となる特殊な有機分子の価格が非常に高いため、大量生産には向かないといいます。MOFの究極の特性を追求するとコストがかかり、コストを抑えると既存材料に勝てません。野呂教授は、そのバランスが非常に難しいと、実用化に向けた経済的なハードルを分析しています。
 また、MOFは既存のゼオライトなどに比べて構造が弱いという弱点も持っています。特に水に触れると分解しやすい性質があるため、水圏での利用や湿度の高い環境での使用には高い耐久性を持たせなければなりません。
 これらの課題を克服するため、野呂教授はより現実的なアプローチを模索しています。高価な貴金属ではなく、地表に豊富に存在するマグネシウムやカルシウム、アルミニウムといった安価な軽金属を使ってMOFを作る研究や、ペットボトルの原料のような大量生産されている有機物を利用する手法を検討しています。
 実は、MOFの社会実装は、高価でも確実に必要とされるニッチな分野においては、段階的に進んでいます。例えば、毒ガス防護マスクのフィルターや、特殊なガスの管理といった分野です。実際に、MOFを充填することで小型化と大容量化を両立させた次世代のガスタンクのような成功例も出始めています。これは、従来の筒形タンクとは異なり四角柱形状を採用しており、積み重ねることも可能になっています。さらにIoTを活用した一括管理システムと組み合わせることで、人手不足に悩む地方のガス供給インフラを支える可能性も示唆しており、材料単体の性能だけでなく、社会システム全体の中での価値創出が期待されています。

クリーンな空気と水を次世代へ手渡すために

 野呂教授が見据える未来は、空気も水もクリーンに保たれ、人間が持続的に住み続けられる地球です。その実現のためには、研究や教育の場として国際的な環境が最適であると考えています。
 第1に、二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素といった温室効果ガスの分離や、水中の汚染物質の除去、食料問題の解決は、一国で完結するものではありません。課題の現場が世界中に広がっているからこそ、研究の視点も必然的にグローバルである必要があります。
 第2に、大学院生という試行錯誤が可能な時期に、多様な背景を持つ人々と協力し、共通言語で課題に挑む経験こそが、複雑化する未来の社会課題を解決するために不可欠な資質を育むと信じているからです。
 野呂教授は、将来的に人間が住めなくなるような地球になるのを少しでも防ぎたいという思いで、ナノメートルレベルの構造体と向き合い続けています。一つひとつの分子を丁寧に選び、組み上げ、目的に合わせた機能を持たせていく地道な研究の積み重ねこそが、地球環境の再生という壮大なGXの目標を達成するための、最も確実な歩みであると信じています。