研究者インタビュー04
准教授 小出 陽平

2025-02-20
  • 研究者インタビュー

未来の選択肢を増やす育種学

北海道大学 大学院農学研究院 基盤研究部門 応用生命科学分野 植物育種学研究室
准教授 小出 陽平

 私たちの主食として親しまれているお米は、四季があり、雨が豊富に降るという日本の気候によって育まれてきました。ところが、最近の地球温暖化に伴う気候変動や担い手不足によって、稲作の将来が危ぶまれています。将来の環境変化に備えて、多様な品種を産み出す基盤技術の開発が重要だと小出准教授はいいます。

未来に備える稲作研究
―気候変動と担い手不足に挑む―

 稲作では栽培環境に合わせて最適な品種を作り出すことが必要です。すでに温暖化によって、お米の品質が下がったり収量が減ったりするといった影響が出てきています。今後も気候変動が激しくなっていくことも予想されており、未来の環境を予測することは困難です。
 農林水産省による今年8月の報告によると、2015年から2020年の5年間で稲作農家全体の約25%、46万戸の農家が稲作を辞めているようです。残った稲作農家の方々の高齢化も進んでいます。このような稲作農家の担い手不足に対応して、スマート農業と呼ばれるような、新しい耕作機械や農業用ロボットなどの開発が始まっており、技術革新が予想されています。
 周りの環境に応じて最適な品種は変遷していくため、今までの品種のまま50年、100年と稲作を続けることはできないと考えられます。未来の環境を予測するのが難しい中、どのように環境が変化しても、その変化に応じて適した品種を用意できるように、多様な品種を作っていく必要があると小出准教授は話します。

新しい品種を産み出し続ける育種学
―人類は新しい作物を求め続ける―

 人類は長い時間をかけて、野生植物を利用しやすいように改変してきました。
 野生植物の集団は、自然に起きる突然変異によって、多様な遺伝子を持っており、その性質もばらついています。人類は、その中から、食べやすく、育てやすいものを選び出し、作物として栽培するようになりました。その後は、栽培化した異なる性質をもつ品種同士を掛け合わせ、新しい性質を持つ品種を作り出すようになりました。最近では、人為的に遺伝子に変化を加えることもできるようになっています。このように生物が持つ遺伝的な性質を利用して、新しい品種を作るための方法を研究する学問が育種学です。
 通常行われる品種改良は、同種の品種間の交雑や既存の品種の突然変異といった、遺伝子の比較的小さな変化によるものが多く、既存の品種の生産性や品質の向上を目的としています。現在、品種改良の多くは都道府県の農業試験場や国の試験機関で行われています。そこでは、それぞれの地域や日本の将来の状況に合わせて、育種目標という課題が設定され、その達成に向けて品種改良が進められています。こうして生まれた新しい品種は、農家の方に栽培されることになります。
 しかし、気候変動のような大きな環境の変化に対しては、従来の品種改良のような遺伝子の小さな変化では対応できないかもしれません。そこで、まだ利用していない遺伝資源の探索と作物への導入、あるいは、まったく新しい作物の創造といった画期的な育種研究が必要になってきています。小出准教授は、この育種研究における基盤技術の開発を行っています。

未来を切り拓く育種学の基盤技術

 小出准教授の行っている基盤技術の研究は大きく2つです。一つは現在栽培されていない野生イネの遺伝子を栽培されているイネに取り込むことによってイネの遺伝的な多様性を増やす研究。もう一つはお米や葉の形の成長過程をコンピューター上でシミュレーションする研究です。

―未利用遺伝資源を開拓する―

 栽培されているイネの遺伝的な多様性を増やす研究では、アジアの野生イネやアフリカのイネを利用しています。
 今、私たちが食べているのはアジアのお米です。このアジアのお米は、とてもおいしくなっていて、遺伝的にとてもよくできたお米だと小出准教授はいいます。このよくできたお米という意味は、一万年ほどの品種改良の歴史の中でより環境に適合し、おいしいお米として人類が選んだものということです。一万年かけてエリートが選ばれてきたというわけですが、逆から見ると、エリートではないものは消えてしまっているとも言えます。つまり、多くの遺伝子や遺伝子の組み合わせが選ばれずになくなってしまっているのです。 
 現在、気候変動が問題視されており、これから何が起こるかわかりません。その何かが起きた時に、現在残っているエリートのイネの品種は作れなくなってしまうかもしれません。そこで環境の変化に対応するためには、多様な選択肢を持っておく必要があると小出准教授はいいます。
 では、選択肢を増やすにはどうすればよいでしょうか。小出准教授は、遺伝的な多様性をより多く増やすしかないことに気づきました。そこで、栽培されているイネの遺伝的な多様性を増やすために、現在栽培されていないようなイネ、例えばアジアの野生イネやアフリカのイネから遺伝子を取り込むことを考えました。これにより、従来とはまったく異なる新しい品種ができるのではないかと考え、研究することにしたそうです。
 アジアの野生イネやアフリカのイネは栽培されているアジアのイネの近縁種ですが、栽培されているアジアのイネの品種同士と比べると遺伝的に遠い、つまり遺伝子同士の違いが多いことが解析からわかっています。そして、遺伝的に遠ければ遠いほど掛け合わせるのが難しく、掛け合わせることはできても、その子孫を得ることができなかったりします。そこをいかに克服するかが小出准教授の当面の目標です。
 この目標の達成には、まだ高いハードルがあり、掛け合わせによって雑種の第一世代はできるのですが、第二世代つまり子孫ができません。花粉や種子が退化してしまうと小出准教授はいいます。
 花粉や種子が退化してしまう原因を調べていくと、複数の遺伝子が関わっていることが分かってきたそうです。それはどういうことかというと、退化に関係していることがわかっている一つの遺伝子を変化させてもそれだけでは十分ではないということです。現状は 2つぐらいの遺伝子を変化させることで、その遺伝子については問題がなくなるようにはできています。しかし、それだけで完全にアジアの稲とアフリカの稲を掛け合わせて子孫を得ることができるかというと、まだ不十分なようです。
 このような実験を行うためには、突然変異を起こして花粉や種子の退化に関わる遺伝子を変化させたものを作るのだそうです。それを掛け合わせて、その中から掛け合わせが可能なものを見つけ、さらに子孫ができるかどうかを調べるということになります。突然変異の起こし方としては、重イオンビームを照射し、物理的に遺伝子の一部を欠けさせる方法も利用します。また、最近では、ゲノム編集技術を使った遺伝子の改変も行っています。いずれにせよ、突然変異を起こしては掛け合わせて、育ててみることを繰り返す、根気のいる研究です。しかし、子孫ができない原因が解明され、その障壁を打破することができれば、栽培されているイネの遺伝的な多様性を増やすことが可能になり、未利用の遺伝資源を活用できるようになると小出准教授はいいます。

―コンピューターを使い、形を決める仕組みを理解する―

 もう一つの基盤技術として、お米の形や光合成を行う葉の形など、植物が最終的な形を作るまでの成長過程をコンピューター上でシミュレーションする技術があります。
 野生イネが持っている特に興味深い形質として、葉や茎が地面に水平に広がるように成長する、開帳性があります。この開帳性は、葉が光を受ける面積を広げることになるため、野生イネが自然界で生き延びる上で重要な形質であると考えられています。この性質がどのような仕組みによってできているのかを明らかにしようと小出准教授は考えました。
 小出准教授は、葉を構成する細胞の成長のしやすさに注目しました。個々の細胞の成長のしやすさを数値として与えてやれば、それらの集まった葉がどのような形になるかコンピューター上でシミュレーションすることができます。例えば、細胞の真ん中がよく伸びるように数値を与えれば縦に長い葉が、細胞が横に伸びるように数値を与えれば横に広がった葉ができます。
 この技術を使うことで、細胞の成長のしやすさを表す数値と遺伝子がどう関わっているのか、あるいは、それらの数値と環境がどう関わっているのかを調べることができます。最終的には、開帳性のような形質を持ったイネが自然界で生き抜いてきたメカニズムを明らかにできるのではと小出准教授は考えています。
 また、この技術は、イネに限らず、様々な作物において、葉などの器官の形状予測や形状操作の基盤となるため、これまでにない作物の創出も目指したいと小出准教授はいいます。

北海道の近い未来のための品種改良
―品種改良を効率的に加速させる―

 小出准教授の研究は、北海道大学だからこそ推進できる育種学における基盤的な研究です。これらの基盤技術が確立されれば、気候変動があっても栽培可能なイネの品種を創り出すことができますが、これは何十年か先の未来に役立つことを目指した長期的視点の研究です。
 小出准教授はより近い未来に役立つ研究の緊急性を感じ、これらの研究に加えて品種改良を効率的に加速させるための研究を開始したそうです。
 北海道は、これまで寒冷地に合う品種を作ってきましたが、北海道も気温が高くなると考えられるため、高温耐性を持つイネの品種改良が求められるようになりました。また、これからの農業を考えると農薬を使わなくても済むような品種、あるいは機械を導入したスマート農業によく適応するような品種の開発も求められると小出准教授は考えています。
 イネの品種ごとの遺伝子の全情報、ゲノム情報を使って、それぞれの品種の収量や品質を予測できるようになれば、実際に栽培する前に求める条件の品種を選ぶことが可能になり、北海道に適したイネの品種の育成が加速化し、効率化されることが期待できます。現在、小出准教授たちは北海道が保有している農産物の品種の遺伝子情報を整理して、北海道大学農学部の技術を用いて解析する共同研究を始めようとしているそうです。
 稲作の未来の選択肢を増やすための多様な品種を産み出す基盤技術の開発も、目の前にある具体的な課題を解決するための既存の品種を用いた品種改良も重要であり、どちらの研究においても着実に歩みを進めていることが小出准教授の静かな語り口からも確かに伝わってきました。

北海道大学創基150周年特設サイト
研究者インタビュー https://150th.hokudai.ac.jp/activity/category/interview