GX研究から新しい未来をつなぐ06
准教授 大友 陽子

2026-04-20
  • 研究者インタビュー

地質学で広がる
脱炭素化へのアプローチ

初期生命を育んだ岩石の力が、現代のエネルギー危機を救う鍵になる。
地球深部で作られる天然水素と、岩石による二酸化炭素固定。大友陽子准教授は地質学とAIを融合し、経済性や地域共生も見据えながら、岩石の持つ可能性を 最大限に引き出す研究に取り組んでいます。

北海道大学 大学院工学研究院
環境循環システム部門 資源循環工学分野 資源マネージメント研究室
准教授 大友 陽子

グリーンからホワイトへ。
地球深部で作られる「天然水素」の可能性

 世界が2050年のカーボンニュートラル実現に向けて動き出す中で、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギー源として水素が大きな注目を集めています。国際エネルギー機関のロードマップによれば、水素は「燃焼時に」二酸化炭素削減量の約5%を担う重要な資源になると予測されています。しかし、現在工業的に生産されている水素の多くは化石燃料から作られており、製造過程で大量の二酸化炭素を排出するという矛盾を抱えています。再生可能エネルギーを用いたグリーン水素なども期待されていますが、製造コストがまだ非常に高く、社会全体への普及には課題が残されているのが現状です。
 こうした中、グリーントランスフォーメーション(GX)を加速させる新たな選択肢として世界的に注目されているのが、地質学的な作用によって自然に生成される天然水素です。ホワイト水素やゴールド水素とも呼ばれるこの資源は、地下で水と岩石が反応することで絶えず作り出されています。従来の電気分解のように多くのエネルギーを必要とせず、地下から直接回収できるため、安価でクリーンなエネルギー源になることが期待されています。大友准教授は、この天然水素を地質学的な視点から研究し、その生成メカニズムの解明と社会実装に向けた道筋を探っています。地球が本来持っている力を引き出し、環境負荷を最小限に抑えながらエネルギーを得る仕組みこそが、GXを加速させる新たな選択肢になると大友准教授は考えています。

生命を育んだ太古のメカニズムから現代のエネルギー技術へ

 大友准教授が地質学に興味を持ったきっかけは、メキシコの鉱山で働いていた父の影響や、金属鉱山が身近にあった秋田での幼少期の環境にあります。野外調査ができる地学を専攻し、学位論文のテーマは約38億年前の生命の痕跡探索に関するものでした。「当時、グリーンランドのヌークからヘリで北東に向かうと、氷河があり、その縁にあるイスア地域で最古の生命の痕跡とされるグラファイトを探し出すプロジェクトに取り組んでいました」
 この調査の中で大友准教授は、地球のダイナミックな元素循環と生命活動の密接な関わりに気づきました。イスア地域では太古の「蛇紋岩「化反応」を示す岩体も観察しました。この反応は水とかんらん岩が反応して水素を発生させます。この反応で生じる水素は、メタン生成菌のような原始的な微生物のエネルギー源となり、初期地球の生命圏を支えていたとも考えられています。初期生命がいつ、どのように誕生したのかという問いに答えるためには、「当時の」水素生成の影響も考察しなければなりませんでした。
 学位取得後、海洋研究開発機構で微生物の培養や二酸化炭素の地下貯留に関する研究に取り組み、理学的な探究心を深めると共に、工学的な視点も養っていきました。そして、初期地球を知るために学んだ岩石の反応プロセスが、エネルギー問題や脱炭素化にそのまま役立つと考えるようになりました。

低温水素生成と岩石による脱炭素削減そして鉱物資源探査

 現在進めている研究は、比較的低い温度環境において、いかに効率よく水素を生成し、回収するかというメカニズムの解明です。通常、蛇紋岩化反応は200°Cから300°Cといった高温で最も活発になりますが、大友准教授は90°Cの低温環境に着目しています。低温での反応を制御できれば、外部からエネルギーを投入することなく水素を得られるからです。
 北海道の日高山脈にある幌満のかんらん岩を用いた実験では、かんらん石だけでなく輝石という鉱物を含む岩石の方が、水素の量が持続的に維持されることが分かってきました。また、反応過程で生成される微細な物質が水素発生の反応を制御していることも突き止めました。これらの成果は将来の資源探査において極めて重要な指標となります。
 さらに、大友准教授の取り組みは水素生成だけでなく、二酸化炭素の削減にも広がっています。岩石を細かく砕いて田畑や鉱山廃水に散布し、二酸化炭素を削減する岩石風化促進という技術開発にも関わっています。石が溶け出すことで土壌が改良され、作物の収量が上がるといった相乗効果も見込まれており、こうしたコベネフィットが社会実装には重要だと考えています。
 また、国内外の鉱床において地質学者の目と最新テクノロジーを融合させた探査手法の開発も進めています。ドローンや衛星の画像データを解析し、リチウム鉱石などの有用な資源を自動で判別する技術です。まずは鉱脈が露出しているため探索しやすいモンゴルのフィールドを中心に現地調査とシステム開発を進めています。AIに何を教えるかを決めるのは現場を知る地質学者の役割であり、膨大なデータを整理して意味を与えるキュレーションはテクノロジーの開発と同様に重要だと捉えています。この探査手法の確立は、将来的に国内の天然水素の貯留地特定にも応用できる可能性があります。

科学データで信頼を築き、地域社会と創るGX

 しかし、革新的な技術があっても、社会に根付くためには乗り越えなければならない課題があります。大友准教授が最も大きな課題として挙げるのが、経済的な持続性です。GXに関連する事業は、単に環境に良いというだけでは不十分であり、関わる人々が利益を得られる構造、すなわち自走できる仕組みがなければ普及しません。岩石を用いて二酸化炭素を固定する場合でも、岩石の粉砕や輸送にかかるコストが、固定できる二酸化炭素の価値と見合っていなければなりません。
 また、天然水素の場合は特有の難しさもあります。水素は非常に軽いため、地下に溜まっていてもわずかな亀裂から散逸する可能性もあります。そのため、水素が生成されている場所だけでなく、しっかりと閉じ込められている貯留層を探し出す必要があります。
 加えて、土地の所有権や開発許可といった制度面の整備や、社会的な合意形成も不可欠です。大友准教授が関わる岩石風化促進のプロジェクトでは、リスクマネジメントの専門家を中心に農家の方々や地元自治体と密に連携し、説明会を重ねています。例えば、岩石の粉末を鉱山からの酸性廃水に散布する際、それが長期的に環境にどのような影響を与えるのかを科学的なデータで丁寧に説明し、廃水の中和作用など地域への具体的なメリットを提示しています。
 そして、こうした研究を継続するためには、次世代の人材が必要です。しかし、天然水素や岩石風化の研究は、地質学だけでなく化学や微生物学、データサイエンスといった多岐にわたる分野の知識を必要とするため、人材の育成が難しい現状があります。大友准教授は、高度な実験やシミュレーションを共に進められる若手研究者が、日本のGXの未来を左右すると考えています。

複雑な自然現象を利用可能な技術へつなぐ確かな一歩

 北海道という土地は、水素生成や二酸化炭素固定に適した岩石が豊富に存在するGXの理想的な実験場といえます。大友准教授は、この地域特性を活かし、自然の化学反応を後押しすることで、二酸化炭素の削減や安価な水素エネルギーを取り出す仕組みの構築を目指しています。
 この目標に向け、複雑な自然界の現象を観察して科学的な裏付けを行い、それを社会が利用しやすい形へ伝えることが研究者の役割だと考えています。実験室に閉じこもるのではなく、実際にフィールドへ足を運び、岩石を叩き、現場の声を聞く。どんなにAIが進化しても、その基となるデータの信頼性を担保するのは、現場を知る人間の役割であると考えています。
 現在、新たなナショナルプロジェクトが動き出し、国内の天然水素ポテンシャルマップの作成や回収技術の開発が進められています。大友准教授は、自身の研究がすぐに魔法のような解決策をもたらすとは考えていません。しかし、地道な実験の積み重ねと、5年、10年、そしてその先を見据えた探究が、将来のエネルギー供給の形を根本から変える力になると信じています。