GX研究から新しい未来をつなぐ05
教授 能村 貴宏

2026-04-16
  • 研究者インタビュー

熱は捨てずに使う、
エネルギーの循環を再定義する蓄熱技術

熱を制し、エネルギーの制約から人々を解放する。
能村貴宏教授が目指すのは、地域全体で熱を分け合う、生物のようなしなやかな循環型社会です。仕事に変換できるエネルギーとして、熱の質を評価するエクセルギー理論に基づき、蓄熱技術をインフラとして社会に溶け込ませたいと考えています。

北海道大学 大学院工学研究院附属 エネルギー・マテリアル融合領域研究センター
エネルギーメディア変換材料分野 エネルギーメディア変換材料研究室
教授 能村 貴宏

「電力は余り、熱は捨てられる」という矛盾に向き合う

 現在の日本、そして世界が推進しているグリーントランスフォーメーション(GX)において、太陽光や風力といった再生可能エネルギーの導入が急速に進んでいます。しかし、これらのエネルギーは発電量の変動が激しく、せっかく多くの電力を生み出しても需要を上回った場合は使い切れずに捨てられているのが現状です。
 一方で、産業界の熱需要の多くは、依然として化石燃料を直接燃やすことで賄われています。エネルギーは一般的に、原油・石炭・天然ガスといった加工されない状態で供給される一次エネルギーと、それを転換・加工して得られる電力や都市ガスなどの二次エネルギーに大別されます。一次エネルギーが最終エネルギーとして産業活動や家庭などで消費される過程で、6割以上の熱が廃熱として利用されずに捨てられています。
 その背景には、電気と熱の性質の違いがあります。電気はそのまま他の形態のエネルギーや仕事へ非常に効率よく変換できる能力を持っていますが、熱はそのすべてを有効なエネルギーとして取り出すことが難しいため、電気に比べて質が低いと見なされてきました。例えば、30°C程度の低い温度の熱から電気を作ろうとしても、その変換効率は理論的に考えても約1.6%程度にすぎません。そのため、低温度帯の熱は電力源としてはほとんど役に立たないと考えられてきたのです。
 能村教授は、これまで捨てられていた熱を効率的に貯蔵し、必要な時に必要な場所でグリーンヒートとして利用できる二酸化炭素を出さない仕組みを構築しようとしています。
 これまで、日本のエネルギー政策では蓄電池が注目を集めてきましたが、蓄熱技術はそれほど重視されてきませんでした。しかし、産業界では600°C以下の熱需要が全体の半分を占めており、この領域を脱炭素化しなければGXの実現はありません。能村教授が目指しているグリーンヒートは、単なる個別の省エネ技術の開発ではなく、蓄熱という手段を通じてエネルギー利用のフェーズそのものを変え、社会全体のエネルギーインフラの在り方を再定義しようとするものです。

直径30μmのカプセルが担う次世代のエネルギー貯蔵

 能村教授の研究チームが開発した核心的な技術が、次世代蓄熱材「h-MEPCM」です。名称には、北海道大学 (h) と、マイクロカプセル化された相変化材料という意味が込められています。
 この材料は、物質が固体から液体へと変化する際に必要とされる熱エネルギーである潜熱を利用します。氷が水に変わる時に周囲から熱を奪い、一定の温度 (0°C) を保つ現象と同じ原理ですが、能村教授はこの機能を、産業界で必要とされる600°Cという非常に高い温度域で実現しました。この蓄熱材は、アルミニウムとシリコンの合金を核とし、硬いアルミナの殻で包み込んだ直径30~100μm程度の砂粒のような粒子です。その蓄熱密度は、従来のレンガや岩石を用いた顕熱蓄熱材と比較して、同じ体積で約4~5倍に達します。さらに、大規模なエネルギー貯蔵システムとしてリチウムイオン電池と比較した場合、同じエネルギー量を蓄えるのに必要な敷地面積を10分の1に抑えられる可能性があります。これは、蓄熱材がリチウムイオン電池のような火災リスクに対する広大な安全距離を必要としないためです。
 独自性は性能だけではありません。この材料は、地球上に豊富に存在するアルミニウム、シリコン、酸素という資源的な制約が少ない材料で構成されています。将来的に電気自動車の普及で不要となるエンジンのブロック材をリサイクルして再生できるため、資源循環の観点からも理想的な材料であると能村教授は考えています。すでに1万回の繰り返し蓄放熱耐久試験をクリアしており、再生可能エネルギーの利用ベースで約30年に相当する寿命も実証されています。企業と提携した大量生産プロセスの開発も始まっており、社会実装に向けた準備は着実に整いつつあります。

蓄熱の実装化に必要な全体を見渡す視点

 これまで蓄熱が社会に普及してこなかった背景を、能村教授は次のように分析しています。
 まず、化石燃料の利便性が挙げられます。安価な燃料を直接燃やす方が、装置を導入して熱を貯めるよりも簡単でコストも抑えられたため、蓄熱を行う動機が希薄でした。また、熱は業種や工場、個別の工程ごとに必要とされる温度や形態が全く異なります。現場のニーズに合わせた緻密なシステム設計が必要なため、導入コストがかさむ要因となってきました。さらに、熱は輸送や形態の変化に伴い、その質が劣化しやすい特性があります。こうした課題を解決するために蓄熱システムが開発されてきましたが、その導入によって光熱費の削減や効率向上がどの程度見込めるのか、顧客の課題に対する明確な解決策を示しにくかったことも事実です。
 加えて、日本が既に高度かつ壊れにくい設備やインフラを築いていることが、皮肉にも最新技術への移行を遅らせる要因となっています。
 例えば、製鉄所などのプラントでは、30年以上前の設備が現役で稼働しており、既存設備を使い倒す方が経済合理性があるため、変えるための動機付けが弱くなっていました。
 能村教授はこれまで過小評価されてきた二酸化炭素排出という負の社会的コストを可視化することが必要、加えて、単なる要素技術の開発に留まらず、既存の設備を転活用するなど、開発した技術をどこに適用すれば最大の価値を生むかという全体としての最適化の視点が必要であると指摘しています。

システム全体の無駄を可視化する共通の「ものさし」

 能村教授の研究グループでは、省エネルギーシステムの設計や評価における最も重要な指標としてエクセルギー理論を活用しています。
 エクセルギーとは、エネルギーのうち仕事に変換できる量で、いわばエネルギーの質を表す指標です。日本語では有効エネルギー量などともいわれます。これに基づけば、エネルギー的に質の低い熱を、捨てられるモノから、より質の高いエネルギーを使って再生し有効利用するモノへと定義し直すことが可能になります。使い終わって温度が下がった熱に対し、わずかな電力を加えて質を高め、再び熱として再生して繰り返し利用する。そこには、エネルギーの新たな利用の在り方が見えてきます。
 さらに、エクセルギーを共通の「ものさし」とすることで、システム全体の損失を最小化することも可能になります。異なる種類のエネルギーを共通の指標で比較することで、従来の量に基づく設計では見落とされていた無駄を可視化し、それを排除するプロセスを導き出せるのです。
 この理論を実践できる技術を構築すれば、現在の世界最高水準の省エネ技術から、さらに5割の削減が可能になると考えられています。 例えば、空気から酸素を製造するプロセスにおいて、従来比で半分以下のエネルギーで製造できる可能性も見出しています。

ホメオスタシスエネルギー社会の実現に向けて

 能村教授は「熱を制する者がエネルギーを制する」という言葉を自身の研究指針として大切にしています。能村教授が描く未来は、蓄熱技術が当たり前のインフラとして社会に溶け込み、人々がエネルギーの制約から解放される世界です。
 その具体的な姿として目指すのが、生物が環境の変化に関わらず体内を一定の状態に保つ仕組みになぞらえたホメオスタシスエネルギー社会です。地域の熱供給ネットワークが整備され、工場から出る排熱が温室栽培や養殖、さらには家庭のロードヒーティングへと無駄なく分け合われる。地域全体でエネルギーが自動的に最適化され、持続し続ける状態を理想としています。
 このビジョンに向け、能村教授は自分自身の役割を技術の連鎖を引き起こすトリガーであるといいます。大学での基礎研究を通じて新しい技術の種を育て、研究室で生まれた材料が実際に社会で使われる瞬間に立ち会いたいという想いで活動を続けています。
 自分が手がけてきた研究は、社会に使われないと意味がない。エネルギーのフェーズを変革することで、次世代に持続可能で自由な未来を手渡したいと、能村教授は語ります。